真珠湾攻撃に関連する質問です。
真珠湾攻撃の時に米空母は真珠湾に居ませんでした。
それに関して事前に攻撃がある事を米側が知っていたかどうかという部分は横に置いておいた上て、
米海軍としては、真珠湾攻撃を受ける直前までは、次の戦争に向けて空母という艦種をどのように用いようと考えていたのでしょうか。
質問を突き詰めれば、真珠湾攻撃で日本海軍が実現さした「空母の集中運用」という用法
を米側も既に「発明」しており、かつ、それが海戦の革命になり、海の覇権に関わる事を見抜いており、
空母を中心とした艦隊編成、及び演習も機動部隊同士の衝突に軸足を移していたのでしょうか?
それとも、機動部隊に似たような事は構想案のひとつとしていたものの、真珠湾攻撃で実際に自分達が実証の標的になるまで、空母という艦種の決戦兵器としての本質は見抜けていなかったのでしょうか?