ニュース極東の姉妹スレより、勉強かねて
803 日出づる処の名無し sage 2018/05/13(日) 09:24:50.52 ID:4zeNPmLO
セクハラで世間とのズレがーとかどうでもいいことより、↓みたいな財務省内の勢力構図でも取材してレポートしろよ。無理なの承知で言うけど
以下長文引用

環境の激変に対応できない財務官僚
経済コラムマガジン 18/5/14(985号)
http://www.adpweb.com/eco/index.html

・マクロ経済を無視する財務官僚
今週は前回号の補足である。前回号で、大蔵省から財務省になって役所の性質が変わったことを指摘した。
これには財務省の発足前の98年に起った接待汚職事件が大きく影響したと筆者は認識する。
財政や銀行行政に対する考え方の違いによって、大蔵省時代の官僚は「柔軟派」と「規律派」の二つのグループに分かれていたと筆者は説明した。
少なくとも大蔵省時代はこの二つの勢力が共存し、最終的な政策は両者の妥協で決まっていた。
ところが接待汚職事件によって、主な「柔軟派」の官僚が追放されたのである。これ以降は「規律派」の天下となった。

財政のマクロ経済への影響を無視し、財政再建だけに邁進する今日の財務省が出来上がったのである(しかし後ほど述べるが財務官僚も財政が日本経済に影響することは知っている)。
財務省になってからは、官僚の発想が複式簿記から単式簿記になった。財務官僚の頭の中は、財政支出の抑制と増税だけの財政再建一辺倒になったのである。
バブル経済崩壊後の財政政策を振返ると、まず財政出動が求められしばらくは積極財政が採られた。
しかしある程度日本経済が回復すると必ず「次は財政再建だ」という声が起り、その後、緊縮財政に転換した(橋本政権の逆噴射的な緊縮財政などはこの典型)。
この反省で小渕政権が積極財政に転換したところに、問題の接待汚職事件が起ったのである。
小渕政権の後半からは、再び財政支出がセーブされ日本経済はバブル崩壊からの回復が大幅に遅れることになった(宮沢蔵相が規律派の官僚に取囲まれ国債発行を抑えさせられた)。

(続く)