◆石破茂、裏切りの歴史◆

1981年、父の死後、真っ先に葬儀に駆け付けてくれた田中角栄の助言で政界を目指すも、田中派ではなく中曽根派からの立候補。
田中角栄を裏切る。

1993年、非自民の細川連立政権が成立。自民党が野党に転落すると、立て直しに四苦八苦する森喜朗幹事長に「私はね、政権与党にいたいんです。自民党の歴史的使命は終わった」と捨て台詞を吐き、離党届。
自民党を裏切る。

小沢一郎を「真の革命者」と称賛して、新進党結成に参加するも、小沢一郎が党首に選ばれると、自分の考える政党と違うと総選挙前に離党。
小沢一郎を裏切る。

・福田政権の防衛相としてはあたご事件で海自審判の結果も待たず自衛隊を悪者にして反自衛隊のメディアに媚び、自衛隊の無罪確定後も自著であたごを悪者扱い 。
防衛大臣でありながら自衛隊を裏切る・。←new!

自民党に復党するも誰も相手にされず、伊吹文明が「石破君は仕事が出来る人だから」と情けをかけて伊吹派に入れてあげるも、その後に入閣すると「閣僚が派閥に属するのは如何なものか、派閥は旧態然としていると思いますよ」の捨て台詞で伊吹派を離脱。
伊吹派を裏切る。(その後、額賀派も裏切る)

麻生政権の閣僚を務めていながら、支持率低迷で総選挙が近づくと、総理官邸に乗り込み「後任は麻生さんが指名すべきと、私は思うわけです」と謎の論理を展開して麻生おろしに加担。
麻生太郎を裏切る。

民主党からの政権奪還を目指した自民党総裁選で安倍晋三と総理を争い、敗れて幹事長に在任期間中、地方選挙で連戦連敗。
自民党支持者を裏切る。

安保関連法担当大臣を任せたいと言われるも、面倒くさそうなので、屁理屈をこねて固辞。代わりに受けた地方創生担当で実績を残せないどころか、既得権益に配慮して加計学園問題で地方見殺し。

自民党総裁任期延長問題で総務会で吠えまくるが、誰も相手にされず、派閥政治を否定していたのに石破派の水月会を結成。

モリカケ問題や自衛隊日報問題で、新聞テレビに連日出演して、安倍政権と自民党を背後から撃つ発言をしまくり、マスコミの安倍おろしに加担。
安倍晋三を裏切る。