本邦で火縄銃が大して活躍せず知られてなかったなら
あんまり実際の軍事と縁のなさそうな江戸期のオランダ商館の人間や一介の絵師が何故か銃の多段運用の重要性を理解してて
それまで何も知らないはずの一般人も何故かスゲーと感心して食いつくような華麗なるネタ元としていきなりマウリッツの話をパクってわざわざ屏風絵にする意味がなくね?

銃の有用性やら活躍は既に長篠の逸話で本邦に広く知られてたから、屏風絵が描かれたって考える方が普通にあり得る話な気がする
世界云々はともかく、本邦でもそれなりに運用してて知名度あったのは確かじゃね?