>>686
本当に死ぬかと思ったよ…

玄関扉を開けた途端、猛烈な風が俺を出迎えた
スラックスの中に入れていたワイシャツの裾が溢れ、布地の隙間を生温い風が吹き抜けるのには参ったね

地吹雪めいて地面から舞い上がる雨粒が、雹のように横顔を殴りつけると、
たちまち遠近感が漆黒に染まり、自分と外界の区別が曖昧に崩れていった。
自分というものが果てしなく広がり、霧のように大気に拡散していく。

俺はこの台風だ。この台風は俺そのものだ
子供のように聞かん坊で、内なる破壊衝動の命ずるままにひたすら猛り狂う台風に、何故か親近感を覚える自分がいた
道路の向こうからポリバケツが現れて、二転、三転、とスキップしながら闇に消えていく光景が、今も脳裏に浮かぶよ。

まず俺は、ペットボトルを取り出した
3時間前から自然解凍して、白濁液がたぷんたぷんと波打つペットボトルだ。
水蒸気にして高空に打ち上げるといっても、どうすればいいのか分からない。だから取り敢えず、近くの川に行くことにした
普段はコンクリに塗り固められた川底を、ゆっくりと洗うように流れる小川だが、今は身の危険を感じるほど水位が上がり、滝のように暴れている。
俺は風に飛ばされないように電柱に抱き着きながら、ボトルの蓋を開けた。

「さあ行け。我が息子たち」

という呟きは、暴風にかき消された。
俺は台風だ。だから、お前たちも台風になれ。ここがお前たちの始まりの地であり、エデンの園なのだ。
何でも呑み込むブラックホールのように黒く渦巻く暴れ川は、白濁の淫液を平然と受け入れて一体化し、闇に溶けていった。
あの精子たちは、荒波に揉まれつつも雨に混じり、あるいは大気と同化し、全国を旅することになるだろう
日本中がイカ臭くなればいい。そんな思いを抱いて、俺はその場を後にした。

帰りに転んで唇を切ったけど、まあまあ楽しかったな
小学生の頃の、台風で臨時休校になった日のハイテンションを思い出したよ