英雄としての武士がまだいた時代。
戦争が、幾重にも重なり合った緻密な歯車と軸受の集大成としてではなく、個人の勇気と名声に支えられていた時代。

轟々と燃え盛る二俣城にあって飢餓と火線に身悶える徳川軍に、武田信玄が降伏勧告を出していたとき、
その敗軍の将であるところの徳川家康は、灰燼と化しゆく二俣城の遥か高み、雲海の向こうでマッハの世界に身を委ねながら、脱糞していた。

F-15イーグル。
それが徳川家康の駆る超音速機の型名であった。
浜松はろくに産業のない、見渡す限りの茫漠な湿地が広がる未開地ではあったが、その一画は二年前から行なっていた埋め立て作業により開発され、今ではスペースシャトルさえ着陸できる2,500m級滑走路が堂々とその巨体を横たえている。

「なあに。儂も衰えたりとはいえ3万を率いる武士であるぞ。武田の連中に一泡吹かしてくれるわ」
そう言って家康はフライトジャケットの上に対Gスーツを着ると、戦闘機の梯子を登って前席に腰を下ろした。
ハーネスを装着して、すっかり短くなった馬の尾のような髷を隠すように、JHMCS対応のヘルメットを被る。
格納庫には雲の切れ間から太陽の帯が斜めに落ちて、今日はエンジンの温度が上がりすぎない絶好の飛行日和だ、とメカニックが微笑んだ。

まず家康は指一本上げると、メカニックに向けて合図した。
エンジンに火を入れるから注視せよ、という合図だ。
エンジンマスタースイッチとジェット燃料スタータをオンにする。力強く空気を吸い込む掃除機のような唸りが次第にコクピットを満たしゆき、スタータのレディランプが点灯する。
火災警告灯が


「徳川家康は空を飛ぶ」
第1話、空中脱糞アクロバット
<完>

>>749を真似して何か書こうとしたけど飽きた