>>437
(元記事から抜粋)

それでもプーチン氏は交渉を続けてきた。背景には冷徹な計算と共に「森氏への信頼」という割り切れない部分も見え隠れする。
「プーチン氏が森さんを好きだからとしかいいようがない」と外務省幹部。そう実感させる逸話も少なくない。

たとえばイルクーツク会談でのこと。日ソ交流に尽くした父・茂喜氏が分骨された墓を森氏が参拝した際、同行したプーチン氏がこう心配した。

「ヨシ、コートも手袋もなしで寒くないのか」。気温は氷点下で寒風も吹きすさぶ。森氏はこう諭した。「父親の墓だからではない。
この地ではたくさんの日本人が抑留され、飢えと極寒に苦しんで亡くなっていった。どうして自分がコートや手袋を着ていられるだろうか」。
これを聞いたプーチン氏はあわててコートと手袋を脱いだという。

つきあいが始まったのは2000年4月、プーチン氏の大統領就任直前だ。まだ国内外で「プーチン・フー?」といぶかられる存在だった。

そこに初めて訪ねてきた主要国首脳が森氏だ。森氏も小渕恵三首相の死去に伴い、急きょ首相に就いたばかり。同年夏に沖縄で開く
主要国首脳会談のため7カ国訪問に出ていた。その最初の訪問地に選んだのがロシアだ。2人はバレエやアイスホッケーをみながら
10時間近くを共に過ごした。

沖縄では首脳会談に遅刻してシラク仏大統領らに嫌みを言われたプーチン氏を森氏がかばった。14年、対ロ制裁に日本が参加したため
「プーチン氏が安倍首相に激怒した」との話が伝わると、急きょモスクワに飛び、日本の立場を説明した。

ロシアで最後に会ったのは17年7月、エカテリンブルクで。深夜、森氏のホテルでサプライズが起きた。ロビーに突然プーチン氏が現れたのだ。
森氏の誕生日を祝う食事の後「ホテルまで送る」と言い出し、大統領車に森氏を乗せてきた。その後も名残を惜しむようにロビーのソファで
話し込んでいたという。
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なるほど・・・
森−プーチン・ラインというのは、想像以上に固いもののようですな。