森元といえば父親がちょっとおかしい

森茂喜
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A3%AE%E8%8C%82%E5%96%9C
>日中戦争勃発により陸軍に召集され従軍(特別志願将校)。少尉時代に上海上陸から南京攻略戦[1]、その後徐州作戦、武漢作戦と初期の激戦を一通り経験し、
>伝記にも載っている。週刊誌に取り上げられたこともある[2]。
>満州の牡丹江に駐留していた歩兵第7連隊第9中隊長時代、部下に丁来赫が居た。丁は後年韓国国防部長官としてよど号ハイジャック事件の解決に奔走した。
>戦後も茂喜とは会食を重ねており、息子の喜朗とも交流し、茂喜の墓参りも行っている[3]。
>太平洋戦争後半の1944年に独立歩兵第338大隊長(大尉)として大陸から南洋諸島に転じトラック島空襲後、トラック島に上陸した。同島では花島、その後水曜島に
>駐留。英米捕虜の管理を任されていたらしく、娯楽の無い大海の孤島にあってラグビーボールを自作し、部下や捕虜と楽しんだ。この伝聞を息子の喜朗は『森の
>清談』で早坂茂三に語っている。その後、同地で終戦を迎える。最終階級は中佐。

大戦末期に捕虜収容所長やって戦犯にならなかったのはかなり珍しいんじゃないかしら
かなりの人格者だったんだろうか
捕虜とラグビーやっていたのがよかったとか森元は書いてるがw