699 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2019/03/02(土) 09:10:48.38 ID:MUrTNxKn
信長信託


足利義昭を擁して上洛した織田信長は、皇室の窮状を憂い、元亀2年(19711571年)に財政支援を行うこととした。

そのために洛中洛外の全田畑に税を課し、米を徴収したが、信長はそれをそのまま皇室に献上するのではなく、いったん町衆に預託し、町衆が運用した成果である「利米」を献上することとした。

こうすることによって、皇室は継続的に利米を得ることができ、安定的な財政基盤とすることができるため、信長はあえてこの形をとったといわれる。

信託制度は受託者に対する信頼がベースになるが、委託者である信長を裏切ればどうなるかは自明であったので、その点では信託に必要な要素がうまく揃っていたといえる信長の構想であった。
信長がおこなったこの政策は「信長信託」とも呼ばれる。

余談であるが、日本における信託の活用のさらに古い事例としては綜芸種智院の設立・運営が挙げられる。


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