>>668
 否定するわけでは無いのですが、同じような話で「日本には長門があります」というバージョンも何かで読んだことがありますね。

満州事変の勃発した1931年9月18日時点の日米の重巡戦力ですが、
日本
 古鷹型2隻、青葉型2隻、妙高型4隻、計8隻、8in砲64門

米国
 ペンサコラ級2隻、ノーザンプトン級6隻、計8隻、8in砲74門

 隻数で同等、水上砲戦力で米国優勢なんですよね。少し逸話が誤って伝わっているのかも知れませんね。

 翌1932年になると日本が高雄型4隻(40門)、米国がポートランド級1隻(9門)で瞬間風速的に日本優勢に傾きますが、
米国は1933年にも同級1隻(9門)、1934年にはニューオーリンズ級5隻(45門)を竣工させて米国優勢に大きく戻し、
1936年と1937年に同級各1隻、1939年にウィチタ(9門)を加えて引き離すんですよね。

1932年 日12隻104門、米9隻83門
1933年 日変わらず、米10隻92門
1934年 日変わらず、米15隻137門

 30年代に入ると重巡で日本が優勢だったのは1932〜33年の僅か2年間だけ。最上型4隻を加えても35〜37年竣工ですし米国にもブルックリン級が加わります。
 古鷹から妙高、妙高から高雄の間隔だと条約が無くても次の重巡の竣工はどんなに早くて35〜36年になりますから1934年からは条約が無くてもついていけないんですよね。