大和
人員物件を搭載して1943年12月20日に大和、山雲、谷風は横須賀を出発したが、
12月25日に大和はトラック島北西150浬でアメリカの潜水艦スケート (USS Skate, SS-305)より
魚雷攻撃を受け、主砲3番砲塔右舷に魚雷1本を被雷した。
4度の傾斜を生じたが約770トンの注水で復元、速度を落とさず速力20ノット前後でトラック泊地へ向かった。
魚雷命中の衝撃を感じた者はおらず、わずかに傾斜したため異常に気づいたという。
浸水量は3000-4000トンである。
工作艦の明石に配属されていた造船士官によれば、トラック泊地着後の大和は明石に
「右舷後部に原因不明の浸水があり調査して欲しい」と依頼、
工作部員達は注排水系統の故障を疑ったものの異常はなかった。
そこで潜水調査をしたところ右舷後部に長さ十数m・幅五mの魚雷破孔を発見し、驚いたという。


大和は魚雷を撃ち込まれたことも気づかなかったが
アーレイバークなら沈んでいた

潜水艦の心情が知りたい