テレワーク万歳(違

>>510
伊25潜と零式小型水偵によるオレゴン空襲を忘れてはならない。戦果は山火事(自然鎮火)。

オレゴン空襲その後;
>終戦後の1962年に、藤田飛曹長はオレゴン州ブルッキングス市から招待を受けアメリカに渡り、同市市民から「歴史上唯一アメリカ本土を空襲した敵軍の英雄」
>として大歓迎を受け、同市の名誉市民の称号を贈られた。またその時、同市市民から藤田飛曹長が投下した焼夷弾の破片を贈られた。その破片からはかすかに
>火薬の臭いがしたという。なお藤田飛曹長は、戦争中、軍刀として用いた愛刀をブルッキングス市に寄贈した。
>
>この招待は外務省を通じて伝えられたが、当の本人には招待の趣旨が知らされていなかったため、現地に到着するまで「戦犯として収監されるのかもしれない」
>と思っており、寄贈した軍刀は戦後も密かに所持していたものを、収監されそうになった時には自決するため、荷物に忍ばせて持参したものであった。
>
>その後、藤田飛曹長は贖罪の意味を込めて同市に植林を行ったり、同市市民を日本に招待するなど日米友好に残りの半生を費やした。また、そのような貢献を
>受けて、後にロナルド・レーガン大統領よりホワイトハウスに掲揚されていた星条旗が贈られた。なお、かつて爆弾片と星条旗は、茨城県土浦市の
>「まちかど蔵野村」に保存公開されていたが、2015年11月現在遺族に返還されている。
>
>このエピソードは1995年12月29日放送の『たけし・さんまの世界超偉人伝説』(日本テレビ)で取り上げられ、藤田飛曹長本人も出演している。しかし、日本では
>戦時中の日本軍による作戦成功の事実をマスコミや教育の場で伝えることが長年行われてこなかったこともあり、ゲストで出演していた元海軍軍人の西村晃
>さえも「この話は全く知らなかった」と発言している。
(wikipedia)

あとサンタバーバラの製油所を砲撃したのは史実では伊17潜みたい。