>>210
>資料の開示や共有ができていなかった時代は、元軍人の記憶しか事実に迫る道はなかった
>それをいいことに、元軍人が自らの功績を盛ったり、逆に責任を回避したりして好きなことを書き散らした時代はあった
>もちろん、真実を語ったり書いたりした人もいたが、玉石混淆で誰がいい子で誰が悪い子など区別できなかった
>
>そういう中で、サマール初弾命中大和万能論

「サマール初弾命中大和万能論」って、それは考えすぎというか、誰がそんなことを言ったのか? 空想では? 
などの疑問が湧くのだが
戦艦には大勢の乗員が居るが砲戦状況全般を観ているのは砲術長だけ。当時の砲術長は能村次郎氏。

そこで復刻「慟哭の海」能村次郎・中公文庫で大和の初弾発砲の状況を見ると、第一斉射は三式弾と徹甲弾を混ぜて発砲している。
対空弾を入れ替える時間が無かったため。徹甲弾は二発だけ

敵空母は艦尾を見せて逃げている。初弾の弾着時に、空母の遠方向にわずかな水煙。後は水柱がない。
(能村氏は)不思議に思い目標の様子を見ていると、空母からかすかな黒煙。さらにやや右に傾いた。(たぶん)命中弾の兆候・・・

これが大和の初弾命中の話のすべて。砲術長は見たままを語っているだけと分かる。

>>175
>敵空母の後部が沈んで見えたから命中間違いなし、こんなレベルだからねぇ
>該当空母のホワイトプレーンズには命中も突き抜けたとかの報告も無い

これは誰かの空想が混ざり込んでいる。「慟哭の海」は始め読売新聞社から1967年に刊行されているのだが、それがいつの間にか
敵空母の後部が沈んだ、敵空母を突き抜けた、サマール初弾命中大和万能論、とかいう話しになっていったと判る。一種の伝言ゲーム。