>>486
 米国政府は日本兵の離島での激しい抵抗を見て、この戦争がさらに1年半、1947年春まで続くとの見通しを立てた。その場合の連合国軍側の死傷者数は170万〜400万人(うち死者数は40万〜80万人)に上ると予想した(1941年12月〜45年8月には欧州と太平洋での戦闘で米国人40万7000人が死亡していた)。
 連合国軍側にとって、天候がさらに状況を悪化させていた可能性もある。1945年10月9日、米軍の本土侵攻前の集結地になる予定だった沖縄は時速140マイル(時速約225キロメートル)の暴風を伴う台風に見舞われた。米艦船や部隊は被害を受け、侵攻に半年程度の遅れが生じていただろう。
1946年4月4日にも大型台風が襲った。さらに侵攻が遅れていただろう。日本軍は防衛力強化のために何カ月もの猶予が与えられるはずだった。
一方、ソビエト連邦(1945年8月8日に日本に宣戦布告)は満州から日本の北方の島々に侵攻する準備をしていた。もし侵攻していれば、日本は自由な南部と共産主義の北部にほぼ間違いなく分断されていただろう。
ベルリンの壁のようなものが東京にもできていたかもしれない。「北日本」の人々は、東ドイツや北朝鮮の人々のように何十年も苦しんだであろう。


記事にあったがこんな感じ
更にアメリカ人と違って共産主義は神より上にあるため神風が吹かない結果北日本人民共和国誕生だと(だから日本は原爆に感謝して)