最近論語を音読している
昔ながらの素読ってやつ
意外と語呂が良い文章で楽しいのだが、内容は権力者に対して結構厳しい。

権力者に対する厳しさをオミットして体制に受け入れやすくする教義上の読み替えが
歴史上あったんだろうなあと言う感想を持った。
儒学史の本を見てその感想の当否をたしかみてみろと言う気分