真鍋淑郎さんと東大同期の後藤英一さんは
独自開発したパラメトロン素子を使って
1950年代後半に国産こんぴたを稼働させる。動作クロック60kHz

これが真空管計算機より安くて安定し、リレー計算機wwより早い!という日本的ニッチ商品。今のスパコンの10億-1000億分の1の速度。
あまりに遅いので1960年頃には開発は終了し、トランジスタ計算機に移行する。

同期の真鍋氏が日本国内より100-1000倍は早い計算機を自由に使える環境を求めてアメリカ国籍の取得に動いたのは感慨深い。