梶井基次郎の檸檬に書かれたように桜の木の下には屍がうまっていて、その養分を吸った桜はそれは鮮やかな花を着けるという。
さながらその屍の意志というかそういうのが憑依しているかのように。
このご時世そのようなことはできないが、ボトルを桜の木の下に埋めることでこの道を通る幼女を見守る。そういうことに幸せを見出す。そんな人生もいいかもしれない。(・_・)