ロシア・ソ連のタイヤ歴史が調べても
断片的すぎるのでメモ

ロシアは帝国末期にタイヤ開発に
興味があったが全量輸入していた
(1915年)
その後、米ファイヤストンを誘致して
タイヤ工場を作ろうとするが失敗(1929年)
32年にはファイヤストンに
技術協力を受ける

1943年10月のレンドリース時にフォード
はソ連にタイヤ工場を建設して
協力している
タイヤを担当したのはアメリカでも
フォード推奨のファイヤストン
(現ブリジストン子会社)
この工場(協力?)は1957年まで続く

ちなみにレンドリースのトラックは
フォード製よりも
スチュードベーカー製が圧倒的に多かった