226事件の前年に相沢事件で永田鉄山が皇道派によってころされている
石原莞爾が満州事変で満州国を建国した時に永田は
「他国の領土を占拠して満州国を建設することは、民族意識の上からみて穏当ではない。
 それは4億の中国人を敵に廻し日支親善に超え難い溝を造るものだ。決して日本の得策とならない。
 だから満州は成るべく早く中国人の手に渡すべきだ」
と言っていた。
これが実現していれば連盟脱退することなく支那事変も早期に終結していたし
三国軍事同盟に入る必要も無く、太平洋戦争も起こらなかった。