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士気も統率もグダグダな汚職弱兵集団というネガティブなイメージばかりが残っている南ベトナム政府軍ですが、
最終的には敗北したとはいえ、米国が南ベトナム軍の「ベトナム化」を急速に推し進めた1960年代末から
南ベトナム崩壊までの1975年までに於いては、南ベトナム軍は個々の戦場で意外なほど健闘しているし、
ベトコンや北ベトナム軍の大規模な攻勢を退けた事も一度や二度ではありません。

特に70年代に入るとベトナム化の号令の下に、米軍からの豊富な武器弾薬が供給されて重装備も行き渡り、
米軍の強力な火力支援によって1972年の大攻勢を挫折させています。

ここで南ベトナム陸軍に続いて南ベトナム空軍も順調に育成していれば、南ベトナムは自前の軍隊で
北と渡り合えるだけの確固たる国軍を構築できていたかも知れませんが、実際には米軍航空戦力の
撤収が早すぎたために、その穴を埋めるべき南ベトナム空軍の育成が全く追いつきませんでした。

そして1975年の大攻勢では、北の大軍を空から阻むべき航空戦力が事実上存在せず、また陸軍の方も
米陸軍の完全撤退によって膨大な需要や援助が蒸発した事でベトナム経済は大不況に陥り、兵士の給与も
遅配欠配が相次いだことで士気が大きく低下。

こうして本来なら持ち応えるはずだった首都防衛ラインも突破され、サイゴンは陥落の憂き目に。