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そして時代は下り、1853年のペリーの黒船来航の際には、ペリー以下黒船の乗組員一行を江戸城内で持て成した時に
幕府はその威信を賭けて当時の最上級の膳コース料理を出しました。

これらは当時の大名や公家ですら滅多に出される事の無い、極めて格式の高い料理でしたが、生憎日本料理など
全く食った事の無いペリー艦隊の西洋人乗組員らにとっては、肉もパンも乳製品もほぼ皆無で、あるのはどんな味か
見当も付かない魚や野菜や漬物ばかりでは食欲も沸きません

結局殆どの料理に箸も口も付けられないまま、せっかくの贅を尽くした最高級料理は何の役にも立たず下げられる事に。

国家の命運のかかった外交交渉や接待では、そこで出される美食の数々で相手の心を掴み好感度を上げる事は必須でありますが、
これほどの無惨な大失敗は日本史上でも稀だったでしょう。