つづき

 異常な状況に陥った俺は、恐怖で体が震えだした。なんだここは、なんだこれは、なんで俺が、なんで。頭の中はなぜがぐるぐるとめぐり、正常な思考はできなくなっていた。もうここは、俺の知っている多摩地区ではない。どこか知らない……何かだ。
 ヘッドライトが照らす先だけを頼りに、性根のネジくれたような道を、ひたすら走る。そのとき、ふと、気づいた。

「二車線になっている……」

 いつの間にかネジくれた道が二車線になっているのだ。俺はその左車線を走っていた。本来なら町田に入ったあたりでようやくなるはずだが、まだそんな距離は走っていない。明らかに、おかしい。まだ、何かあるのか。頭と体は最大限の警戒を始める。
 それが良かったのだろうか、俺は次に起きた出来事にハンドルを取られることもなく、まっすぐ走れたのだから。

「ファンタ自慰! ファンタ自慰!」

 ――突如! 右側の車線に小柄な禿頭のしわくちゃな老人、のような何かが猛スピードで並走してきたのだ!
 にやりと笑いながらこちらに何かを叫ぶ「それ」は、この世の憎悪を煮詰めたような顔をしていた。手にはあの、新聞のような何かを抱えている。あれは、こいつがばらまいたのか……?

「川崎八王子間十分ちょっと! 十分ちょっと!」

 またもや意味不明なことを叫ぶその怪異だが、ふと、そいつが前方を指さし邪悪に顔を歪める。つられてその先を見ると――

「! 赤信号!」

 普段から身についているせいだろうか、とっさにブレーキを踏み停止線の前で車を止めることができた。そして青ざめる。あの怪異がいるのに、車を止めても平気なのか――。
 恐る恐る、右側を見ると、窓にべっとりと張り付いた「それ」が居た。

つづく