つづき

 運転席側の窓に貼りついた「それ」は、ネチョっとした粘液にまみれた顔で、にやりと笑う。

「半地下……サイゼリヤ……ジビエは部位によっては生で食える……」

 あまりの醜悪さに吐き気を催すが――

「南 多 摩 バ イ パ ス」

 しわがれた声でそう言い残し、何かを指さした後……ふっと、奴は消えてしまった。なんだ、今のはなんだ、慌てて周囲を見回した時、ようやく気付いた。周囲に、街の灯りが灯っている。そしてここは、もう神奈川県町田市だ。
 どっと体から緊張が抜け、脱力してしまう。あれはいったい……。大混乱する頭を必死に回転させ、状況認識を行うよう努力する。そしふと、最後に「奴」が指さした先をみた。そこにあるのは――バーミヤン。

「サイゼリヤじゃなくね?」

 ましてや半地下でもないが、もうここは俺の良く知っている道で、周囲に車も走っている。俺は、なんとかあの怪現象から逃れられたんだな……。よく見ると、カーナビも元に戻っている。それが示す現在位置は、今止まっている交差点と一致した。
 だが、同時にカーナビの表示を見て俺は驚愕する。なんと、稲城に入ってから今まで――十分しか、経過していないのだ。一時間はかかるはずだった道のりのはずが、たった、十分しか……。
 あまりの怪現象に足が震える。俺は……稲城からここまで、ワープしたのか? あの異界を経由して……?

 こうして俺は不思議な体験をし、一時間しか入れないはずの温泉に二時間入ることができた。ありがとう、南多摩バイパスを使わせてくれたあの怪異よ。
 ほくほくと温まった体で帰路に就くが、今度は多摩ニュータウン通りを経由するようにした。尾根幹はもうこりごりだからだ。その道すがら、ふと思い出す。――区報、そんな奴がですがに居たことを。俺は当時「出来るんなら証明してみろよ」と書き込んだ記憶がよみがえった。

「あいつ……・もしかして、証明してくれたのか? なあ、答えてくれよ……区報……」

 俺がつぶやいたその言葉は、誰の耳に入ることなく、多摩の夜空に消えていった――

おわり