ハー38エンジン ボア・ストローク 150×150ミリ 空冷14気筒 2000Hp
昭和16年 三菱で中島の小型2000馬力エンジン(のちの誉)に対抗するためにMK9A 2200馬力エンジンが計画されたがこの案では既存エンジンと大差がなく採用が危ぶまれたことからボアストローク150×150の2500馬力エンジンとして開発がスタートした ハ42の発展形としての役割も期待されたが18気筒エンジンが必ずしも実用化できるかどうか不確定であるため又重量サイズ部品点数工数が過大になるため保険として同ストロークを使用した14気筒エンジンも計画された 誉に対して直径で30ミリ重量で150キロ軽く性能は同等部品点数は2割減という性能にそれを知った中島関係者は青ざめたといわれている 予測は的中し中島・三菱とも高出力18気筒エンジンの実用化は困難を極め結果大戦中期以降の主力エンジンとして多数の機種に搭載された 特に雷電開発中止以降海軍でも採用された二式単戦換装型は700キロに迫る高速と99式2号銃の威力と相まって末期の防空戦闘で活躍した