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日本軍の東口門創設(堤防の破壊)は氾濫した水の流れを逆流させず
維持するためのもので、国民党と日本軍の二つの破壊の結果、
堤防は中央のみとなり洪水は悪化、最終的にはそれも1944年8月に流されて消滅した

河の流れは最終的に1947年の工事で元に戻ったが、
それまでは氾濫し続けてたよ