>>819
42年のソロモン海戦で6インチ砲艦は主砲の発射速度が速いから日駆逐艦に対抗できているのではと言う話に一時なった (衣笠の砲撃でボイシは撃沈寸前になってたが) 重巡が撃破されまくっていた事情もあり43年からのソロモン夜戦は6インチ砲艦を主力に投入する様になったのだけど、クラ湾沖でヘレナが沈められ続くコロンバンガラ沖でも完敗してしまいやっぱりダメだったって結論になっている 
6インチ砲は確かに発射速度が速いのだがこの時期のレーダー射撃の精度では殆ど命中していなかった事が判り、ばら撒いている弾数が増えていただけだったと報告は辛辣だ ニミッツから何とかしろと言う厳命を受けたアーレイ・バークが辿りついた結論は日駆逐艦に対抗する出来るのは駆逐艦しかないと言う結論だった Mk.15魚雷の欠陥により巡洋艦部隊の護衛任務に回されていた駆逐艦部隊にとって待望の改良型Mk15魚雷が秋になって漸く前線に到着した為も重要だ
レーダーとCICを活用した先制隠密魚雷射撃から日本艦隊を圧倒すると言うバークが考案した新戦術は43年秋から実行に移されて日本側は夜戦で勝利を得られなくなってくる 年末にバーク自ら指揮をとったセントジョージ岬沖海戦で日本駆逐艦はなす術もなく完敗してしまい、二度とソロモン海域に駆逐艦を送る事は出来なくなった 重大な状況変化に軍令部から急遽ラバウルに出張して善後策を協議するも対策が出来るまでは駆逐艦による夜間輸送は無理だと結論づけるより他になかった
唯一日本海軍が優勢に戦闘を続けていた夜間戦闘でも勝てない事が明確になり、太平洋は常時アメリカ艦隊が支配する事になったと語られる重大な海戦だ