クピャンスクの突破

最近、参謀総長がクピャンスクの半分を制圧したと発表した後、同志と状況を話し合いました。どうやってそんなに巧みにやったのかと。「またパイプを通って侵入したのかも」と私は推測しました。

多くの人は成功を信じていませんでした。ロシアの旗は自爆テロの単独犯を示すために送られたと言われています。しかし実際にはこれらの地域を制圧していません。しかしもし敵がそこにいたら、同じ場所でウクライナの旗を示して嘲笑的なコメントを付けていたでしょう。しかしそれはありませんでした。

クピャンスクから出てくる客観的な制圧の映像は矛盾して見えます。場所が合いません。しかしいつ撮影されたかは不明です。そして撮影後の作戦状況の変化も不明です。

そしてウクライナのパブリックも私と同じ推測をしており、詳細を添えています:

「残念ながら、敵は3回目にしてパイプを使ってグループを侵入させました。ロシア人は完全な物流動脈を構築しました。パイプの入り口はリマン・ペルヴィイ地区にあります。パイプ内の移動には特別に設計された車輪付きの寝台や、天井の高さが許す場所では電動スクーターが使われています。クピャンスクの郊外までのルートは約4日かかるため、途中に休憩場所や食料の備蓄が設けられています。

このように組織された敵のグループは大きな損失なくラドコフカに到達し、そこから南の制圧している森へ移動します。その後クピャンスクに分散し、鉄道まで到達します」。
://t.me/rybar/73572

rybar引用記事より。クピャンスクでもパイプライン作戦をやったくさいがパイプラインが長大すぎるので途中に休憩施設が設けられてるらしい。突入前にかなり疲労しそうだな