ロシアの秘密警察は、ナチスのゲシュタポより二世紀以上も前から存在している。起源は18世紀初頭のピョートル大帝が設置した「プレオブラジェンスキー省」に遡る。皇帝に反抗する貴族や宗教勢力を監視し、密告と拷問によって弾圧したのが最初の政治警察である。以後、エカチェリーナ2世が秘密捜査局を復活させ、ニコライ1世は皇帝直属の「第三部」を創設した。さらに19世紀末には「オフラーナ」が登場し、革命運動に潜入して壊滅させる近代スパイ活動の原型を作った。ロシアではこのように、治安機構が専制体制を支える仕組みが何世代にもわたり制度化されていた。

1917年の革命で帝政が崩壊しても、この構造は消えなかった。レーニンが設立した「チェカ」は、反革命分子の粛清を担う国家的テロ装置となり、のちにGPU、NKVD、KGBへと名を変えて続いた。スターリン期には大粛清で数百万人を拘束・処刑し、秘密警察が国家を支配する体制が完成する。冷戦期のKGBは国内外のスパイ活動や思想統制を担い、プーチンもその出身である。現在のFSBは名を変えただけで、依然として大統領直属の政治警察として機能している。

一方、ナチス・ドイツのゲシュタポは1933年設立と比較的遅く、反ナチ分子やユダヤ人を取り締まった政治警察だった。だがその運営手法――密告制度、潜入工作、恐怖による統制――はいずれも19世紀ロシアのオフラーナを参考にしており、実際にゲシュタポはオフラーナの報告書を研究していたとされる。つまり、ゲシュタポの原型はロシアの秘密警察にある。

ロシアでは政体が皇帝制から共産党独裁、そして現代の権威主義体制へと変化しても、治安機構が国家権力の中心にある構造は一貫している。プーチン政権下のFSBはその延長線上にあり、反体制派の弾圧や暗殺、報道統制を通じて国内を監視する。ゲシュタポが一時代の恐怖政治の象徴だったのに対し、ロシアの秘密警察は三百年以上続く「国家の恒常的な支配装置」と言える。