しかし、生き続けていたなら、過去のすべてを、若干の羞恥心と微笑みの、過去形の
記憶として処理できただろう。
もちろん、夫や子供達には内緒の、若き日の大冒険と大失敗の、数々の苦い経験とし
て。
広小路が、シアンクレールが、京都国際ホテルが、と、思い出深い場所が消えていく
ニュースを聞くたびに、若き日々の甘く切ない記憶が蘇って来ただろう。
やはり、死んではいけなかった、苦しくとも、どうにかして生きるべきだったのだ。
誇りや自尊心が地に落ちようと、一瞬の間、未来が見えなくなったとしても、頭を
掻きむしってでも生きるべきだった。