池井戸は決意して会議に臨んだ。言うべきことは言わなければならない。
たとえ相手があの男であっても。
「このレベルで受賞させてはいけません。本来去年もおととしも受賞作なしと
すべきだったんです。わかりませんか、今の乱歩賞はどん底なのです」
 池井戸は大きく息を吸って続ける。
「この状態を打開する手が一つだけあります。46年ぶりの『受賞作なし』です。
ここで一旦、駄作受賞の連鎖を終わらせなければならないのです」
 空手家でもある今野は、小柄な池井戸の肩に軽く手を載せ耳元でささやく。
「きみぃ、乱歩賞における推協の立場っていうのはね」
有栖川、湊、辻村を順に見ながら「ねえ皆さん、わかってますよねぇ……」
 身を震わせながら黙って聞いていた池井戸が、ついに言った。
「私はあなたたちとは違う! 選考委員の中で乱歩賞受賞者は私だけだ!
受賞したこともない人間に、私が乱歩賞を守りたい気持ちがわかるはずがない!」

作:池井戸潤「果つる底」