★賢者タイム
​午後三時。
俺(32・無職・実家暮らし)は、万年床の上でスマホをスワイプしていた。
部屋はカーテンが閉め切られ、モニターの光だけが埃を照らしている。
​SNSを開くと、元カノ(現・人妻)のキラキラした投稿が目に飛び込んできた。
『今日は旦那さんとフレンチディナー! いつもありがとう♡ #記念日 #旦那さん大好き #幸せ』
高級そうな皿の上には、泡立った何かと、申し訳程度の肉が乗っている。
​「出たよw 泡()料理w」俺は思わず声に出して笑った。
​「こんなマズそうなもんに何万も払うとか、マジで理解不能だわ。旦那()もどうせ、しがないサラリーマンだろ。見栄張って乙w」
​俺は即座に匿名掲示板を開き、「既婚女の痛いインスタを晒すスレ」に書き込んだ。
​『ID: 俺』
【悲報】元カノさん、今日も元気に「幸せ」アピールwww
旦那(ATM)に寄生して食う泡フレンチ、美味いか?w
​すぐにレスがつく。
​『ID: Abc』
​1 乙。そういう女、マジで無理だわ
​『ID: Xyz』
泡(洗剤)だろw
​『ID: Def』
旦那も可哀想に。こんなのと結婚とか罰ゲームかよw
​「だよなwww」
俺は腹を抱えて笑った。そうだ。真実はいつもここにある。あんな見栄と虚飾にまみれた「幸せ」ごっこに、何の意味がある?俺は、世の中の真理を知っている「賢者」だ。社会の歯車になって、女に搾取されるだけの哀れな連中とは違う。
​『ID: 俺』
マジそれな。俺は騙されんわ。
今日も一日、生産性のないクソみたいな労働、ご苦労さんですわwww
​書き込んだ瞬間、猛烈な満足感が押し寄せた。
これだ。これが「勝利」だ。
​ふと、階下から母親の怒鳴り声が聞こえた。
「たかし! あんたまたネットばっかりやって! いい加減ハローワーク行きなさい!」
​うるせえな、ババア。
俺はスマホの画面に目を戻した。スレはまだ伸びている。
俺の「勝利」は、まだ続いている。