私は嫌われ差別されるような人間かもしれません。
そんな私にでも、こうして声をかけてくださったり、存在を肯定してくださる
言葉であったり。嬉しいのです。私に対する感情やお考えを
丁寧に拝聴する中で、気がつくことですとか、私は、だらしないかもしれないです。
けれど、頑張りたいなって、そうして行きたい気持ちもあるんです。
私は、憧れの気持ちをすごく持ちますけれど、それは、私の存在の否定によって
なされているのならば、とんでもなく傷つきますが、いいんだって私なりにでも
頑張れるって。肩を叩くくらいしか和解の時はあり得ないのでしょうか。
やるしかないってそんな気持ちも持ちますけれど。
あまりに、、そしてそれは戦いであったのかも知れませんし、生き方として私は
できません。その事に悩み、生きることも辛い。
分かりあうこと。
和解を望みます。