男子だと思ってた幼馴染と再会したら美少女だった話

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2019/04/12(金) 00:53:56.16ID:kolXaPdt0

だから、常識的に考えて、
そんなことあるわけないだろう?
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2019/04/12(金) 00:55:06.87ID:kolXaPdt0
やや早漏気味に次スレを立てた件。
2019/04/12(金) 01:13:28.63ID:kolXaPdt0
前スレ貼るの忘れてた。

12年間生き別れだった妹(中2)が突然訪ねてきた話
https://mevius.5ch.net/test/read.cgi/intro/1551351890/

それではみなさま、
おすみなさい。
2019/04/12(金) 05:06:47.23ID:uaguninX0
おはよーッス
2019/04/12(金) 07:03:25.07ID:kolXaPdt0
うーーーーっす。
2019/04/12(金) 08:45:57.53ID:6Ih+5FQyp
だから、願望をスレタイにするのはやめたまいw
2019/04/12(金) 11:46:16.63ID:4ecWXNAFK
>>1
スレタイがまたふざけてるなーw
2019/04/12(金) 11:54:51.58ID:6Ih+5FQyp
アネモネさん、お呼びです
https://medaka.5ch.net/test/read.cgi/yume/1553450179/
2019/04/12(金) 17:45:17.69ID:uaguninX0
https://pbs.twimg.com/media/D3mVxVVUcAABmw6.jpg
2019/04/12(金) 20:20:07.13ID:kolXaPdt0
スレタイが好評で大歓喜。
2019/04/12(金) 20:21:21.26ID:kolXaPdt0
>>9
なぜどくさいスイッチが1位ではないのか。
オレなんか子どもの頃からおっさんになってまで、
圧倒的1位をキープしてるんだが。
2019/04/12(金) 23:18:02.35ID:kolXaPdt0
恋津氏のお題に極端にわかりにくく、オレらしく書いておく。

まったく、かの名無しが言う如く、
オレには「無償の愛」や「謙虚さ」というものは無縁であります。
名無しであちこち出かけては自分あげをしてるそうで、
嘘くさいと言われてやかましいから自分の中身をちょっと晒してみれば「ひけらかしてる」と言われ、
自己顕示欲がないとも言えないので面と向かって反論もできず、
まあ勝手にやってればよろしい、自分が面白いと思う人間とだけ話せたらいいし、
面白い人間を観察してればいいやとか、最近は多少めんどくさく諦め気味に考え、
会社ではもちろん。謙譲は知ってても謙虚どころでなく、
オレがオレがと上に向かってアピールしながらの社畜道まっしぐらでございます。
そんなわけで、とくに「謙虚さ」というものはよくわからない。

なので、これから書くのは、ある種の思弁、
あるようでないような、ないようであるようなものの話になる。
2019/04/12(金) 23:26:56.98ID:kolXaPdt0
どういうわけで「無償の愛」と「本当の謙虚さ」が、
恋津氏のスレでセットになって話題になったのかよくわからないし、
実はそこにオレの興味もあるんだけれど、
このふたつに共通することは、「約束を前提としない」ということに尽きます。
これらは、約束があってはならないんです。

たとえば、オレには嫁さんと娘がいる。
彼女たちが海で溺れてるのを見たとする。
オレは海が荒れて、おそらく助からないと予測できたとしても、やはり海に飛び込む。
それはたぶん、単純に彼女たちと一緒に死ぬためではなく、
自分の命と引き換えに、万が一彼女たちを生かすことができる可能性に賭けて、でしょう。
事前に「海に溺れたときがあったらあなたたちを助けてあげます」なんて約束を必要としません。
選択肢もなく、「荒れた海に飛び込む」という行為を、
自分の宿命として引き受けなくてはならない。
いやなにか超越的なものからの命令ですらなく、自分の意志の介入するひまもなく
自動的に、「ただ」引き受ける。

「ほんとうの謙虚さ」もその流れにある行為です。
ここでも約束なんてものはない。
自分が大事に想うひとがいる。
たとえ仮に、自分がそのひとに嫌われていたとしても、
彼/彼女のために奔走し努力する。
むしろ嫌われてるのであれば、自分が力を尽くしたことを隠しさえする。
それは関係を開始したり維持するためのものでなく、
やむにやまれぬ、自分自身がそうしたいという想いだけからはじまり貫徹される行為、
つまり「行為のための行為」で、
だからそこからなにも(相手の感謝すら)生まれないことをよしとする態度。
それが「ほんとうの謙虚さ」です。
2019/04/12(金) 23:32:23.08ID:kolXaPdt0
> ただ私は、他人にたいして謙虚さがないとか
> 私は謙虚なのにって言う人をあまーり信じてない

これは大事なことです。
よくわかる。

謙虚には二種類ある。
社会的に対人関係を維持するため、社会を維持するための潤滑油のような態度としての謙虚さと、
それとはなんの関係もない、行為のための行為を遂行し、生み出される世界への態度。
どっちもないと困るものなんだけれど、
ほんとうの謙虚さってのは、オレは後者だと思います。
ほとんど誰にも見えないところでひっそり現れる謙虚さ。
それはいつも目に見えない。

信頼に値する人間は、このふたつの謙虚さを知っていて、
ちゃんと使い分けることができる。
そして、後者の「それはいつも目に見えない」を、
できるだけ前者にも適用しようとする。
2019/04/12(金) 23:35:32.99ID:6Ih+5FQyp
使い分け以前に違いを認識してもいない人が多いんだよ
まずは認識すること

恋津スレの私の損得の話は読んでくれたかしら?
その辺から始まっているのだけどね
私も言葉が下手なので、だんだん逸れていったし
その中で恋津が興味をひく言葉を拾って無償の愛や謙虚さの話になったんだけどねー
2019/04/12(金) 23:36:40.23ID:kolXaPdt0
同様に、愛も二種類ある。

> 相手の喜ぶ顔を
> 見たくて
> ではなくて
> そんなの関係なく
> なんでもしてあげたいと
> 思うひとはいた

約束や契約に基づく愛と、
恋津さんの気づきのように、約束なく「ただ」行われる無償の愛。

「俺がお前を守る」とか「俺はあなたを一生愛します」とか
そういう契約に基づく愛は、契約である以上、
自分にもなにかしらのリターンを暗に要求しているものです。
言葉にしてしまえば、結果的にそうなってしまう。
「あなたからはなにもする必要はない。私の意志で愛するだけだから気にしなくていい」
そんなことを言ったって無駄です。
愛されている方は、相手に顔を向け対面しなくてはならなくなる。
ずっと他所を向いているわけにはいかないですからなw
約束は、相手の首を強引に捻じ曲げ、自分へ向けさせる。
2019/04/12(金) 23:36:58.16ID:kolXaPdt0
もちろん言葉は大事です。
うちも夫婦関係の潤滑油として、ちゃんと言葉で愛情を表現しないといかんよな、
みたいな話はよくする。
ですが、「ただ」愛するという、この「ただ」の意味するとは、
言葉によっては、まず伝わらない。
契約書に記載できないなにかです。
言葉ではない行為によって伝わっている。

散歩するときに手を握ったり、
花を見たときに一緒に目を合わせてにっこりしたり、
美味しいものを食べたときは分け合って食べるような、
そういう日々の「なにか」によってのみ、少しずつ漏れ伝わっていくようなもの。

「無償の愛」は、その前にも後にも、言葉があってはならない、という厳命があります。
2019/04/12(金) 23:40:57.60ID:kolXaPdt0
>>15
うん、そこも読みましたな。
オレはここで、謙虚さとか愛を二種類に分けてるけど、
これはわかりやすく書いてるだけで、これほど截然ときっちりわけられるものでもない。
スペクトラム状の、まじりあったような謙虚さや愛もある。

損得ってのは、やや社会的な次元での話になるけれど、
それにしても、ある種の純粋な謙虚さ、無償の愛を前提としてないと、
成り立たないようにも思います。
2019/04/12(金) 23:44:13.07ID:kolXaPdt0
閑話休題。>>17の続き。

そして、ダンプにはねられそうな大事なひとを突き飛ばして自分がぐしゃぐしゃになり、
自分の臓器を移植して大事なひとの命をつなぎ、
独裁政府に大事なひとの命が奪われそうなときには、自分の命もともになげうち、
こんなふうに命を賭けることによって完結させることができる。

と、こう考えてくると、「無償の愛」や「ほんとうの謙虚さ」は極端な状況下では、
社会性とはまったく別次元のところにある、
究極のエゴイズムに到達してしまうと言えなくもないことに気がつくと思います。

「無償の愛」も「ほんとうの謙虚さ」も、破局的な事態に至ったとき、命を賭けることになる。
事前に打ち合わせは一切なしの、ぶっつけ本番です。
その愛や謙虚さをかけられる相手の都合はお構いなしですw
彼女は、自分の命より彼の命のほうが大事だと思っている。
だとしても、必要な時には彼は彼女のために命を投げうつ。
約束なんかしてないけれども、「ただ」そうしてしまう。
自分の命がまったく価値がないかのように振舞い、ときには死ぬ。

「無償の愛」や「ほんとうの謙虚さ」が本来の姿を表すのは
きっと、人生のうちで一度かそこいらしかない。

これは独善だと言えなくもない。
そしていかにも暴力的です。
2019/04/12(金) 23:45:31.38ID:6Ih+5FQyp
散歩するときに手を握ったり、
花を見たときに一緒に目を合わせてにっこりしたり、
美味しいものを食べたときは分け合って食べるような、
そういう日々の「なにか」によってのみ、少しずつ漏れ伝わっていくようなもの。


いいねぇ、こーいうの
人を見るときって言葉じゃなくて態度を見るものだからね〜

私が笑うと、あの人も笑う
私が楽しそうだとあの人も楽しそう
私が不安げな顔をするとあの人も不安そうな顔をする
私が怒るとあの人は困った顔をするww

美味しいものを食べた時、あの人にも食べさせたい
綺麗な景色を見た時に、一緒に見たいと思う
そんな共有も愛だと思うけど
そもそも愛自体が無償なんだよね

見返り期待するものは、愛ではなく愛という名前の契約なのかも
2019/04/12(金) 23:47:17.59ID:kolXaPdt0
そして、存分に自由を行使しているように見えて、
「無償の愛」「ほんとうの謙虚」には、自由がない。
契約や約束とは無縁であるのに、自由がない状態にある。
宿命的に、自動的に、「ただ」そうなってしまうのが、
「無償の愛」であり「ほんとうの謙虚」です。

純粋さというものは、つねにこういう暴力や絶対的な不自由と関係がある。
そして誰もが、ほんとうに好きなひと、ほんとうに大事なひとができてしまったら、
この純粋さを発動させることができるようになる。

執着とか、恋着とか、そういうことじゃないw
そういうものとは対極にある「極端な自己犠牲さえ厭わない利他/利己主義」を
条件さえそろえば、突然に躊躇なく遂行できるようになる。
「無敵兵士」みたいになるわけでふなw

純粋さは、多くの人間の憧れを誘いはするけど、
同時に恐ろしいものです。
なにが恐ろしいかといえば、「ただ」そうしてしまう、
その「ただ」という副詞の持つ空虚の恐ろしさであったりします。
2019/04/12(金) 23:51:28.56ID:6Ih+5FQyp
そして愛はエゴイズムかぁ

自我、のほうだね
利己主義というと自己中みたいな悪いイメージがあるけれど

自己意識というかね
2019/04/12(金) 23:52:30.00ID:6Ih+5FQyp
あ、また似たようなこと考えてたww
2019/04/12(金) 23:53:27.37ID:kolXaPdt0
蜂子が損得の話をしたのは正しい。
「ただ」行動してしまう、なんの見返りもない純粋な愛、純粋な謙虚さというのは、
そこに悪く言えばオートマトンみたいな、
しかしテンションが張りつめ充実しきった空虚、
ビッグバン前の虚時間にあったインフレーションを起こす前の宇宙みたいな、
そういう暴力的な空虚があるからです。

そういう愛や謙虚がいたるところで常に炸裂してるような社会は、
たぶんあっという間に崩壊してしまうw
だから人間は、そういう純粋な愛や謙虚さという思弁をモデルとした、
しかしより身の丈に合った愛や謙虚を欲する。
それが、損得というか、需要と供給というか、持ちつ持たれつという互助精神というか、
そういうものがある愛や謙虚であったりするのだと思いますにゃ。
純粋でなくても、悪いわけではないのですw
2019/04/12(金) 23:59:34.22ID:kolXaPdt0
>>20
「情動調律」という言葉がありましてな。
たとえば赤ちゃんが、なにか聞きなれない音を耳にしてけたけた笑っている。
お母さんも大げさに身振り手振りで、赤ちゃんと情動を重ねてあげる。
これを繰り返しながら赤ちゃんも、
自分と同じ情動が他者(お母さん)にも存在していて、
そこに情動を共有することで、
間主観(だれかとだれかの間の生まれる統一した主観)の場が立ち現われることを知る。

赤ちゃんだけじゃなくて、日常的に人間はこれをやっておるんですがなw
複数人の情動のテンションやテンポを合わせるから「調律」って用語を使うんですが、
複数の情動を調律するのは言葉ではない。
いつも身振りだったり行動だったりするのが大事なとこですなw
2019/04/13(土) 00:13:43.14ID:zV+OcIfq0
アンティゴネーという、古代ギリシア神話に現れる、
オレが最高に大好きな「妹」を紹介しておく。

アンティゴネーは、古代ギリシアの都市国家テーバイの王女です。
オイディプスとイオカステーの娘。
イオカステーはオイディプスの母であり、要するに近親相姦によって生まれた子です。
(オイディプス神話について知らなければ、ちょっと調べてみてもいいでせう)

オイディプスとイオカステーの間にはほかにも子どもがいて、
ポリュネイケースとエテオクレースというアンティゴネーの兄にあたる男子がいます。
そして、テーバイはクレオンという異父兄が統治している。
ポリュネイケースはクレオンと仲が悪く、テーバイの王権をめぐって争いを起こす。
ポリュネイケースはテーバイを攻めるけれど、クレオンはエテオクレースに命じて彼を殺す。

クレオンはポリュネイケースの死体を城外に放置したままにせよ、という布告を出す。
野獣に食い荒らされ腐敗していくままにして、
テーバイの王権に挑んだらこうなるぞ、という見せしめにしようとするわけです。
これにアンティゴネーは怒り狂う。
兄であるポリュネイケースの遺体をかばい、埋葬しようとするけれど、
クレオンは許さない。
もし、兄の遺体を埋葬したら、妹であろうとお前を殺すと宣言する。

しかしアンティゴネーは怒り続け、クレオンとテーバイを呪い、
布告を破って兄の遺体を埋葬しようとする。
しかしアンティゴネーの力では兄の遺体を持ち上げられない。
だからアンティゴネーは、兄の遺体をテーバイまでひきずって、
市民の前で兄の顔に砂をかけ、埋葬の真似をする。
クレオンは怒り、約束通りアンティゴネーを生き埋めにし、彼女は暗い土のなかで自殺する。
2019/04/13(土) 00:14:03.06ID:9m+ewFEHp
そして私はアネモネの愛に満足する、とw
2019/04/13(土) 00:16:33.16ID:9m+ewFEHp
ギリシャ神話が苦手な理由は、その名前にある

相関関係が掴みにくいのだ、わたしにはw
2019/04/13(土) 00:16:51.92ID:zV+OcIfq0
アンティゴネーという妹の持つ強烈な個性は、ほとんどヤンデレですらある。
ソフォクレスはアンティゴネーについてお芝居を書いていて、
いろんな読解ができるけれど、
とにかくアンティゴネーの無償の愛が、暴力や狂乱と紙一重に描かれていて
すばらしく素敵です。

クレオンとアンティゴネーの対話シーンがありますが、
ロジカルなクレオンに対するアンティゴネーの怒りと怨嗟は強烈です。
彼女には選択肢などない。
最愛の兄を、礼を尽くして埋葬し、地に還すことしか欲していない。
彼女は、父オイディプスとともにテーバイを出て放浪しているときも、
ずっとそうだった。

このお芝居に限らず、知られている彼女の人生にはいつも、選択肢がなかった。
純粋で無償な愛を体現するために世界と衝突し、
身を焼いて、周囲も焼いて、一心不乱に戦いまくった。

オレ的には、歴史上最高な「妹」のイメージはアンティゴネーであると思います。
そして彼女は、「無償の愛」に宿命的に自分の命を捧げることになった、
おそらく歴史上最初のひとでもあったと思います。
2019/04/13(土) 00:18:11.36ID:9m+ewFEHp
そのお話を5ちゃんのコテに置き換えてみてww
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