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風雲篇より。
バーミリオン星域会戦序盤。

『双方の前哨戦《ぜんしょうせん》は、無言の偵察競争という形で、ごく静かに開始された。同盟軍はバーミリオン星系の一二五〇億立方光秒におよぶ宇宙空間を一万の宙域に細分し、二〇〇〇組の先遣偵察隊によってそれをカバーし、集中する情報を分析するシステムをつくりあげたが、それを指揮運営したのはムライ参謀長であって、このように精密な作業を管理する点で、彼は黒髪の司令官の能力をはるかにしのいでいた。ヤンは考えつくまでのことはするが、実施の段階になるとわずらわしさか先に立ってしまうのだ。本人が弁解するところによると、一一年前、困難をきわめたエル・ファシルよりの脱出行の際に、事務的勤勉さは磨滅させてしまったということなのだが……。
 偵察戦に突入して三〇時間は、緊張の水位を微増させる沈黙がつづくだけであったが、ついに帝国軍の姿が発見された。チェイス大尉の指揮するFO2という偵察グループの一下士官が発見者であった。
「大尉、あれを……!」
 部下の声は、声量こそ抑制されていたが、完全に調子がはずれており、大尉を緊張させるに充分すぎるほどだった。彼の視界がとらえたものは、暗黒の宇宙空間を蚕食《さんしょく》しつつ拡大する光点の群であった。それはいまや波《は》濤《とう》となって、背後の弱々しい星の光をのみこみ、彼らへ向かって音もなく押しよせてくる。
 大尉は超光速通信《F T L》のスイッチを入れたが、声も指も微妙な震えをおびていた。
「こちらFO2先遣偵察隊……敵主力部隊を発見せり。位相は〇〇八四六宙域より、一二二七宙域方向を望んだ宙点で、わが隊よりの距離は四〇・六光秒……至近です!」』