ただ、これは何かパワー、センス?(あいまいー)みたいなのが無いと、「稚拙ぅ」「へたぁ」「失敗作」ってなるかもしれないです。
当作品でも観る人、観る環境、例えば流し見とかだと、そう思われるかもしれない。

センス。ここは踏み込みたいです。
あの、キャラに物凄く「リアル」というか「地に足のついた感」があるんです。
それは本当にあのOLさんが居そうな感じがする。わざとらしく演技するのではなく、そこに居る。
例えば愚痴をこぼしながらの同僚との会話、なんて、詰まらないものですよね、多くのFlashでは中だるみポイントとして削られる部分だと思います。
ただ、だからこそ、これを入れることで、創作物っぽさを消し、現実にありそう感を生んでいるようにも思います。
私に隣り合ってくれるキャラとして感情移入もしましたし、好ましくもありまして、あの社会に精一杯立ち向かって進んでいる、愛おしさが。

この愚痴シーンを、場面転換とともに、会話と心境を並行させて密度濃くぽんぽんと展開し、そこを決定的に退屈とは思わせないで通過した時点で、
この作品の迫って来るもの、伏線なぞなくとも伝わる説得力、みたいなのが確約されたんじゃないでしょうか。
(ただ、やっぱり愚痴はテンションが下がる場面なのは確かだと思うので、ここで閉じた方もいらっしゃるだろうとは思いますが)

と、女性側に感情移入させつつ、主観(OLが見たこと思ったことだけを描写している)視点を守り、老人側にはミステリアスさを持たせる。
更に、OLと老人の関係を、いささか怪しく互いに踏み込みきれない秘密の関係にしたことで、女性も必要以上にその謎を暴かない、暴かせない。
この二人の微妙であやふやな関係は転部の再確認でインパクトとなりますが、物語全編でもムーディに彩りを加えています。そう思う。
思えば、主題の桜だって、季節のほんの一時期に関係するものですし、和み、華やか、祭り、切ない、散ってしまうと言った印象があり、作品にマッチ。

と、そういうのが不意打ちになったのかな。