スレチかもしれんが、タナトフォビアの克服って思想的方法じゃなくあくまでも物理的(認知的)方法で行うのが妥当だと思う

中島義道も死への恐怖から半ば強迫的に哲学を続けてきたらしいけど、心理的問題の克服を目的に哲学や思想に耽るってのは病をメタ的に捉えきれてない(=病の内部で苦しみ続けている)状態に感じる(例えば、強迫性障害の患者が集まって「どうすればドアノブを完璧に除菌できるか?」「高精度のドアノブ清浄機がある世界に生まれたかった!」みたいなのをずっと考えてるのと同じ感じ)

だからまァ余計なお世話かもしれないけど、日光をちゃんと浴びるとか、栄養をきちんと摂るとか、高名なカウンセラーを探して相談するとか、そういった実際的なアプローチが必要なんじゃない?

ただ俺はここでの議論や皆さんの思想的云々を知るのがとても楽しいし、1日の部分的な時間でそういうことを考えるのは問題ないと思う(というかしてほしい)んだけど、ガチでそれで悩んでる人は1度方向を変えて対処してみるのも良いと思った(もうしてるのかもしれんけど)