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https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E3%82%BD%E4%B8%8D%E5%8F%AF%E4%BE%B5%E6%9D%A1%E7%B4%84
>同条約に従い、ソ連は中国国民政府に対して空軍支援を送り(Zet作戦)、
 これは日ソ中立条約が結ばれるまで続いた。条約はまた、中国とナチス・ドイツとの友好関係の悪化に寄与し、
 それはドイツによる満州国の正式承認と在華ドイツ軍事顧問団の終結で頂点に達した。
 一方、条約締結と同時にソ連から中国国民政府に対する武器の供給も開始され、
 ソ連からは武器購入代金として2億5000万USドルが渡され、航空機千機、戦車、大砲が売却された。
 ソ連政府はおよそ300人の軍事顧問団を中国に派遣した。最初の顧問団長は中国語に通じ、
 後にスターリングラード戦の英雄となったワシーリー・チュイコフ大将である。以後4年間、
 中国に入る重火器、大砲、航空機の供給はソ連からのみとなったほど、ソ連はライフルの
 生産しか行われていない中国にとっての最大の武器供給国であり続けた[1]。

残念ながら、帝国陸軍の中国侵略のせいで、満州国の正式承認どころじゃなくなった。
外交条約を破った見返りに、征服した土地を中国に返してまで、
満州国の正当性を踏みにじった国におめでたくも非も唱えられない。
 どうせならナチスドイツに感謝したら(笑