旧皇軍の陸軍航空隊の戦果損害報告は、余りにいい加減すぎて戦記を書こうとしたウィロビーが地団駄踏んだほどの代物
ビルマやニューギニアでは戦没者の概数さえわからない。

ビルマでは陸軍の地上部隊は43年末の雨季明けからは敵機ばかりで日本機をとんとみなくなったと証言してるし
RAFは43年10月のspit[の導入後たちまちに制空権を奪取したとしている。
その後のアラカンやインパールは制空権なく惨敗
隼航空隊がいくら戦果損害を主張しても何ら戦局に影響がない。