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というか、元の本の記述だと

>アメリカやドイツでは、パイピングの接合端部を皿状に開くのにちゃんとした機械を使っていたが、わが国では熟練工の技術だけに頼っていた

とあるんだ。

お釈迦様()の言によればその道具フレアツールがあってこそのフレア接合だということのようだが、川崎の工場だとマンドレルか何かでグイグイやっていたのだろう。
それができるのが6名で、一人召集されたのが外地の陸軍基地に近いところで荷運びをしていたと。

同じ作業を簡単にできるツールが市販化されてたのに使わずに職人芸に頼ってたのか、なんて話は嘘臭いが、色温度計の話とかもあるからな。
施工が簡単、脱着が比較的容易というメリットのうち、施工が簡単というメリットは享受できていなかったということになる。

たいていの配管接続法は19世紀のガス灯時代に出尽くしていたというので、施工法自体は先にあって、それを簡単にできるツールの特許をインペリアル社が1907年に取ったという話でも特におかしくは無い。
フレアツールの発明とともにフレア接続が始まったという証拠は発見できなかった。どこかにソースがあるならお教え願いたい。

まあカワサキならつい最近まで油の漏れるエンジンを単車に乗せていたところだし、俺は仕事でカワサキ明石工場に行った時に(単車部門からではないが)
『油が漏れるのは油が入ってる証拠』
というのをリアルで聞いたことがあるので、何かおかしなことをやってたとしても特に驚きはない。

>夏イベで急がしいのに
正直スマンカッタ。