>>476
文革期の政敵への苛烈な措置の数々をみると、分かりあえる気がしないですね。


劉少奇
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8A%89%E5%B0%91%E5%A5%87
>過去の病歴のため>劉はいくつかの薬を常用していたが、それも取り上げられた。多くの歯は抜け落ち、食事や
>服を着るのにも非常に長い時間がかかった。1968年夏に高熱を発した後はベッドに横たわる状態となったが、身の
>まわりの世話をする者はなく、衣服の取替えや排泄物の処理などもされない状態であった[8]。

彭徳懐
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BD%AD%E5%BE%B3%E6%87%90
>1974年9月には直腸癌と診断された。彭徳懐は鎮痛剤の注射を拒否され、下血と血便にまみれた状態のままの
>ベッドとシーツに何日も放置されるなど拷問に近いものであった。死の直前に塞がれた窓を開けて最後に空を
>一目見せてほしいと嘆願したがこれも拒否され、同年11月29日に没した。

賀竜
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B3%80%E7%AB%9C
>糖尿病を患ったにもかかわらず、刑務所では適切な投薬を受けなかったため、糖尿病性ケトアシドーシスの症状
>が出た。1969年6月9日にインスリンの代わりに高浸透圧のブドウ糖溶液を点滴された結果、獄死した[3]。