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スターリンが死んだ後、一貫しているのは「西ドイツに攻勢をかける」戦略をとっていること。
そもそも、ソ連は、西ドイツに攻勢をとる態勢を取り続ける必要性があったのかと。
ソ連がドイツを破ったのは主に防勢作戦によるし、その後、ナチスに攻勢をかけ潰滅させたのは英米との東西挟撃。
晩年のスターリンの対西独戦略はかなり融和的(中立前提のドイツ統一まで踏み込んでた)。
というか、スターリンは、生涯通して対外的には柔軟。

一見、開明的だがフルシチョフ以降、能天気にトロツキーの世界革命路線と攻勢第一主義に回帰した。
そして、結果として詰んだと。