日本駆逐艦・小艦艇・補助艦艇スレ33隻目
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旧帝国海軍にて艦隊に随伴し縦横無尽に活躍した駆逐艦と、
水雷艇、砲艦、海防艦、駆潜艇、掃海艇、哨戒艇、漁船、捕鯨船など船団護衛等に、
文字通り粉骨砕身して散っていった小艦艇達について語るスレ
内火艇や大発・給油艦や工作艦等の大事な裏方達もどうぞ
前スレ
日本駆逐艦・小艦艇・補助艦艇スレ32隻目
http://mevius.2ch.net/test/read.cgi/army/1519283274/ >>819
新造の7号型は旧式駆逐艦転用掃海艇の更新分だからそれはない。 各艇の出生歴をざっと見直したけど
ttps://i.imgur.com/a93sHxy.jpg (やっつけ仕事で作った表)
13号型の計画(S6年度)やってた頃に初代7〜12号が除籍・転出(S5年6/1)して
7〜10号は同日に2代目が転入したけど11・12号は空位のまま
次の新造艇は空いてる11・12号を襲名せず13号から命名してるけど
これは13号型計画の時点で元駆逐艦の編入艇6隻は新造艇で置き換えることが決まっていたのかしら 当時の駆逐隊なんかも、3隻1隊にして隊数確保している時期だから、その倍数で揃えてたんじゃないかな 2代目7〜10号艇は旧海風型2隻と旧樺型2隻なので同型2隻で1対の様子
それに掃海具は対艦用があるんで掃海隊の編成隻数は偶数じゃないのかと
実際に第一掃海隊は1〜6号、第十一掃海隊は13〜18号の各6隻で編成されているようでこれは2隻一個小隊、三個小隊で一個掃海隊では
じゃあなんでT9、T12年度の計画数は3隻なのか分からん(2隻で1ペアなら単年度計画分では1隻が相手無し)
始めから一個掃海隊分6隻を二ヶ年分計画で建造する算段だった?
T12年度も4号は建造を先行した様子なのはT9年度の3隻に足して4隻で2ペア作るためかな 古田 一紀(ふるた かずき、1995年11月29日 - )
日本の声優・俳優。東京都出身。2017年よりマウスプロモーション所属(元J-beans所属)。身長168cm
ちょイケメン、これになら抱かれてもいいわ >>823
その辺、大蔵省との折衝だったり、単純に廃側で就役年次が1年違うと代艦建造認められない(25年縛りとか)とかの関係じゃ無い? 不思議だな〜どうしてかな〜やっぱりただのアンチだったんだ〜 艦隊に随伴させる水雷戦隊は、4方向から攻めたい(いわゆる「四つ固め」)って希望があるから4個駆逐隊編成で軍縮期間で隻数が足りない時期は1隊3隻だったりする
掃海隊は警備戦隊や鎮守府の警備戦力だから4個隊までは不要、3隊ローテーション組めればいいって発想なのかも 掃海艇は艦隊の前路掃海が主任務じゃなかったっけ
警備防備が主なら20ノットと12cm砲は要らないのでは
>>823の後段については護衛艦艇史の掃海艇第1号型のキャプションにこうあったわ
「八八艦隊建設の一環として大正9年度計画で6隻の建造を予定したが、
軍縮条約により後期の3隻は大正12年度計画にずれ込み、
うち2隻は関東大震災の影響で着工が遅れて計画を改めた結果、
基本計画番号I1の第1〜4号とI2の第5、6号に区分される。」
つまり
・なんで3隻ずつ建造?→当初は単年度で6隻建造の予定が軍縮条約で後半3隻は別年度に
・後半3隻のうち4号の竣工が突出して見える→先行ではなく5・6号が震災で遅れたため 確かに新造掃海艇は前路掃海用という説明がされる事が多いのだけども、これって公式な説明であると同時に、
旧式駆逐艦から転用するのではなく新造しなければならないと大蔵省を説得するための理屈な面が強いんじゃないかね
これって一次大戦での英国のスループ(護衛艦、駆逐艦代用)を模したものであり、ロンドン条約で駆逐艦にも縛りができたから千鳥・鴻型水雷艇とセットで警備戦力の補完として速力砲力が徐々に上げられてきたし、
軍縮条約失効後も、艦隊用の駆逐艦が大きくなったから、駆潜艇とセットで警備戦力の基幹として整備されている面があるんだよね 浮上潜水艦だけ相手するなら8センチ高角砲でもいいけど、バリクパパン海戦みたく駆逐艦が突っ込んでくるのなら同級の12センチ砲3基は欲しいでしょ 江田島監獄名物さんが幹候の新年度生の登山を待ち構えているんやろ(適当 長江での掃海で掃海特務艇とか特設掃海艇作ってメインで対応してるの見ると、新造掃海艇は掃海用なのかって疑問はあるよな 駆逐艦の数に限りあったから平時や後方で駆逐艦がやるお仕事やっていた感じでしょ?
本来水雷艇がやるべきだったが性能は中途半端だし量産はしにくいし 軍縮条約下でも水雷艇と掃海艇は並行整備だし、
条約失効後に水雷艇は打ち切りになってても掃海艇は建造継続してるのはなんでだろ 駆逐艦は水雷艇の上位互換なので軍縮条約がなくなれば(水雷戦力として)制限下スペックの水雷艇を造る意義は薄く
そして掃海艇の任務を駆逐艦にさせたくない(第一線戦力の駆逐艦に掃海させるのは勿体無い)と考えていた、とかでは 水雷艇の位置づけが、ハッキリと条約逃れの小型駆逐艦だからと言うことになるな。
掃海艇には立ち位置があったが、水雷艇は縛りが無ければ排水量を増やす(=駆逐艦になる)ということだ 現実問題としていざ戦争となれば掃海艇は沢山欲しいだろうし、平時においても適度な武装とサイズある艦艇は便利だし水雷艇は>>844さんの言う通り条約下における妥協の産物だしそもそも量産に向いてない それこそ中国戦線での揚子江警備なんか魚雷いらないわけで、
そこに水雷科高等学生済ませた水雷長や襲撃運動を理解した航海長が必須でない警備艦は需要あるよ 掃海艇も元々が旧式駆逐艦の転用、延命な所があるから、掃海作業専用って意味でもないんだろうな 掃海艇と占守型海防艦の差別化がよく分からん
同じ艦型で良くね? 橋立型砲艦もそうなんだけど、準量産中の掃海艇で試せないのを別艦種で試している面があるんじゃないかな
橋立型は高角砲とタービンだし、占守型はディーゼル(と海軍式の設計能力の移植)あたりがそう
あと、この2種は「軍艦」だから、艦長公室とか食堂・会議室(レセプション用)とかのレイアウトを考えると、掃海艇とは違う船体設計にしないと容積が足りないと思う それに、占守型海防艦の場合は「大面積の北方海域警備」ってのが目的に有るから
掃海艇では荷に余る。
(忘れがちだが、戦前はカムチャッカ半島水域の海洋資源は日本の権益で、権益守護の為に
神風型や占守型の必要が有った、という事)
因みにカムチャッカ半島水域の海洋資源権益は日露戦争の講和の結果として日本が得たものだ。 >>853
占守型で前後通行可能な甲板室と充実した暖房設備の要求があったのも
北方海域警備の為だからな。 あと水線面付近の板厚増大とかの結氷、圧壊対策とかみてると北方海域用に別設計にしたいって所は感じるよね >>853
実際のところ、占守型が運用に乗るまでは峯風型や神風型が北方警備を務めてたんだよな
あんな開放型艦橋で顔が凍傷とかならなかったのか・・・
どこで読んだかは忘れたが、北方警備に使う防寒着は一旦着ると身動きできなくなる物だったらしい >>856
まあイギリス海軍だって開放式艦橋のフネを北極圏とかで使ってたわけだし。 ずっと北方にいた神風なんかが昭和19年に南方に抽出された時は暖房設備を全撤去してたな >>856
そんな防寒着を来てるときに海に投げ出されたら
救出作業大変だったろうな・・・ 陸軍が極地用につくった防寒救命胴衣ってのがあるらしいのだけども着ぐるみみたいな感じで、一人で着るには10分くらいかかる代物だったらしい
が、浮力と断熱はあるので、秋口の中千島でも3日ぐらい漂流しても助かった例があるらしい >>863
いや、海に落ちたら身動きできないので、例え防寒着があろうと死ぬのは確定だと思ってたらしい 陸軍の話だけど、シベリア用の冬季装備だと倒れたら自力で起きられないほどの着ぶくれ、手袋も親指がちょっと曲げれるだけのグローブだからドアノブあけるぐらいしかできないなんていってたような 脱線話だけど
陸軍の小火器開発で冬季装備の人員への殺傷力に妙に拘ってる印象だったけどこういう話を聞いてさもありなんと思った 重ね着すごくて銃剣道の刺突が通らなかったって話はどこまで本当なんだろう 日清戦では清兵が綿入れを着てて刺突しても綿が銃剣に絡まって効果が薄かったとか聞いた覚えがあるけど >>856
1回の哨戒行動で殆どの乗員が顔や手先に軽度の凍傷を負ってたそうな。
見張りの当直も本来の時間の半分で回さないと駄目だった。
後、寒さのため、居眠りというか意識朦朧で転落しかけた事故未遂が多発したので、
見張り員は全員、ロープで腰を固定して任務に就いた。
ハンモックはカチカチに凍り付いて、水兵が就寝するのも一苦労だったとか
波飛沫で主砲や艦上構造物に着氷してトップヘビーになってしまい毎日数回は
氷を叩き割る作業が必要だったらしい。
まあ、占守型が必要になるよね。
オホーツク海より過酷な北海で、露天艦橋を通した英海軍は変態だと思う。 サウナで耐えれば耐えるほど、出た後の一杯がおいしい。そう念じながらあと10秒、もう10秒と数を数えるのが段々楽しくなってくる。
つまり、ココアのありがたみを最大化するために、あえてそのようにしたのではないだろうか。 >>870
そのへん英海軍は「自称ホテルシップ」なだけに居住性が日本艦とは大違い…と思いたいとこだけど、
「女王陛下のユリシーズ号」なんか見ると、よほどアグレッシブな人間じゃなけりゃ正気を保てない世界だったみたいね。 護衛隊の隊司令クラスがちょこちょこ交替したり、交替して陸に上がってもすぐに病気療養や病死する例が多いのよね 英国艦艇の居住性とか見てると、そのホテルシップって表現も彼ら流のジョーク(揶揄)なのかと感じてしまうもんなあ
米国供与のリバティー船ならともかく、一般船員だとシャワーがないから、バケツの底に蜂の巣状に穴あけて、2、3人交替でお湯を注ぎながらなんちゃってシャワーを週に一度浴びる贅沢みたいな話とかあるし 量産型海防艦なんか風呂とかすぐに兵員室に改造されて無くなってるパターンが多いよな 北方警備中の神風とかは暗号室とかがないから風呂場を転用して作業をしてたような
建造時期の発想だと、そうした作業は戦隊旗艦の軽巡の設備でやる前提で、そこからの手旗や発光信号での伝達で間に合うと考えてたのだろうね 浸透膜の造水装置ができるまでは上がり湯だけとはいえ真水を使う風呂は贅沢やねえ >>877
皇族の方々の大多数が風呂に入る時には服は脱ぎっぱなしだったそうだが、
(昭和帝がそうで、侍従がいくらお諌めしても服を片付ける習慣が身につかなかったそうだ)
伏見宮は丼一杯の水で顔洗ってタオルで身体を拭き歯を磨いていたので、
近侍が訝って理由をお伺いしたら、
「海軍では当たり前である」
と事も無げに答えられたそうな。 伏見の若宮様(軍令部総長でなく息子の方)は、事変の頃には島風に乗ってたけど、
「一人ぐらいエライ者(=自分)が腕の1本くらい失えば臣民に申し訳が立つ」とか言い出すものだから、艦長から戦隊司令部からして扱いに困ったとかいうレベル 皇族が戦死しようものなら上官はリアルに腹切る必要あるからなぁ 眞子様 ご再考を! <(_ _)>
雅子様 是々非々でもお世継ぎを!! <(_ _)> ウマハン殿下は駆逐艦で戦隊司令やってた記憶が
殿下自らが望んだとは言え、海軍は良くそのポジションに据える決断ができたな >>878
潜水艦乗りなんかは家に帰ってもコップ半分の水で歯磨きして、掌に吐いたらそのまま顔を洗って、
顔を拭いて湿った手拭いで首回りやら腋やら拭くものだから家族が嫌がって、なんて話も
だもんで、年頃の御嬢さんが「お父様、明日は学校のお友達が遊びに来るので、(そんな見苦しい事しないように)部屋から出てこないでください」とか言っちゃって、
お父さんショックで本当に2、3日部屋から出てこないわ、娘さんはお父さん戦死する前に最後にサシで話した言葉がアレになっちゃったと悔やんじゃうとか、まあ色々 うん、お友達が遊びに来たときにそんな事されたらドン引きですわ
でも、それが最後の会話だったら悲しいなあ 駆逐艦「電」「雷」
いなづまといかずちって名前がかっこいいよな
これが でん とか かみなり だったら微妙だった 勿来「軟派な語感を感じるよりも、武張った地名の方が強そうじゃね?」 しかし何でまた「来る勿れ」なんてネーミングを、それも漢字文化のど真ん中へ派遣する艦に付けようと考えたんだか
艦名候補を選出するときに誰か気付けよ 気付いたから安宅に差し替えたんだろうけど、名勝旧跡とみたら万葉集にも出てくる関名だから「(国を)守る」の意味だけならチョイスはおかしくはないんだろうな
<だから代替の名前も安宅関から ネーミングといえば海防艦の昭南なんてよく名づけたよな
海外の地名でなく特別市として戦後に直轄領にするつもりだったんかね 銘銘伝では香港島とシンガポール島は占領後に帝国領土と宣言してたそうで だとしたら、海防艦香港とか油槽艦九龍とかもありえたんか
サイパン(彩帆)やグアム(大鳥)がないのは信託委任領だからかな? 強襲揚陸艦仁川
水雷艇鴯鶓(エミュー)
雑役船宇良字尾崇徳 サイパン現地に建立された神社は彩帆神社と名付けられてたりする >>896
グアムは日本の委任統治領じゃなくて米領で日本が占領しただけ() 新南諸島って今ベトナムやフィリピン中国で領有権あらそってるあの辺か 日本海軍が誇る吹雪型から島風型に連なる重雷装の特型駆逐艦群は、
潜水艦や航空機を考慮に入れず、あくまでも短期決戦や艦隊決戦を重視した兵器。
太平洋戦争の実態を考えれば、秋月型の様な防空駆逐艦や松型の様な戦時急造型の駆逐艦に力を入れるべきだった。
ギアリング級の様なWW2の戦場の最適解にいち早く合わせる事ができたアメリカ海軍の方が戦略や戦術のイノベーションは一枚上手。 >太平洋戦争の実態を考えれば、秋月型の様な防空駆逐艦や松型の様な戦時急造型の駆逐艦に力を入れるべきだった。
こういうことはさんざん言われててここの住人なら今更特に動じないと思うけどね
寧ろその先の「それができなかったのは何故か」「計画はできたとして実現を阻害するものは何か」を見てる訳で
>ギアリング級の様なWW2の戦場の最適解にいち早く合わせる事ができたアメリカ海軍の方が戦略や戦術のイノベーションは一枚上手。
そういう思考の切り替えが迅速にできる事もだけど
生産の切り替えは国力差がなぁ 秋月型は無茶苦茶高級品スペックだし、松型は実際に使ったならば
「航続距離性能が低すぎる!」で904みたいな後知恵クンが滅茶苦茶に
叩いてたと思うぜ。
実際にアメリカの現場の艦隊が欲しかったのは、「巡航速度での燃料消費に
最適化された、日本駆逐艦を砲力で先に無力化可能なレーダー射撃システムと
砲を持つ駆逐艦」だった訳だからな。
松型は実際にサマール沖海戦では、中城湾から出撃してサマール沖での先頭に
参加後中城湾に戻った際には残燃料がほぼゼロだった実績を見ると、複数回の
戦闘行動に対応可能なだけの機関部の能力が無い、と言える。
松型の航続距離性能の低さが実際には大きな問題視されなかったのは戦線が
日本近海に局限されてしまった末期だからで、実際に船団護衛に投入したら、
ヒ号船団には使い物にならないから大問題になっただろう。 松型は航続力と速力が劣っているから使い勝手は悪いな
せめて航続力と対潜能力さえあれば船団護衛や潜水艦狩りに使えるのだが まああのサイズであの性能要求されたら犠牲になるものも出てくるわな ギアリング級なんか45年の5月就役とかだろ
あくまでフレッチャーとその改良のMサムナー級が主力 実際のガ島戦でも、朝潮型より古いのは脚が短いから使えない、改装の哨戒艇も悪くはないけど水雷戦隊的には使い難いから後方に回すわな感じだしねえ
峯風クラスも小笠原やサイパン方面での船団護衛に充てても、あまり走りすぎると燃料が足りなくなって海防艦から分けて貰ってるくらいだし 松型は日本で性能のいい大型ディーゼルが作れてたなら傑作駆逐艦になった
はず・・・ >>913
海軍省「お前はこの戦標船用の蒸気ターチンで我慢しろ」 >>911
そんな高性能大型ディーゼル造れる工業力あるなら対外進出に奔走する必要も無かったかもね ドイツ海軍「ディーゼルの駆逐艦とかちょっと頑張りすぎじゃないですかねえ」 大型ディーゼルを作れないこともあろうかと、
人形峠産の燃料を使った最新の蒸気タービンを・・・ レス数が900を超えています。1000を超えると表示できなくなるよ。