本題と関係ない話だけど、聞いたところ、激戦地の例に漏れず、戦後の鋼材難時代で長年に渡って沖縄の鍛冶屋が砲弾の破片を素材として使用していたという。
当時の砲撃戦は「鉄の嵐」として伝われている。

あと、まあ、沖縄で一応ガチ反米軍基地の年寄りが多い。しかし反米軍基地ではあるが、大抵反米や反米軍ではないのところに感心する。