大日本帝国の航空メーカーは陸海軍に縦横に売り込む三菱・中島とは対照的に海軍機ばかりの愛知や陸軍機ばかりの川崎等がありますが
国策でそれぞれの軍の機体開発に専念するよう正規の書類で計画的に求められていたのか
たまたまメーカーのお偉いさんがそれぞれの軍と仲良くなって不文律でそうなっていたのかどっちなんでしょうか?

またアメリカのメーカーだとグラマンが海軍むけ開発オンリーなイメージがありますがこちらはどうしてそうなったんでしょうか?
またグラマン以外にアメリカには海軍機専門メーカー・陸軍機専門メーカーってあったんでしょうか?