あとアメリカはフィリピン救援が困難なことから、在比アジア艦隊の増勢を検討しています。
マニラのキャビテ軍港の設備では現状の艦隊しか無理でしたが、
イギリスがシンガポールのセレター軍港の使用を許可したことでこれは現実味を帯びてきます。
ここに有力な艦隊を派遣して対日抑止力としようと考えました。
1941年1月にはヨークタウンを基幹とした空母機動部隊の移動が決定し移動命令が出ました。

ところが大西洋の情勢変化を受けてこの命令は取り消されました。