>>101の続き

そもそものきっかけは、過去スレの中で、
即時発進を却下した南雲司令部の判断について、

「当時入手していた敵空母の位置は、味方からまだ約210浬
離れている。従って、敵の艦爆や艦攻は味方まで届くだろうが、
艦戦は航続力不足で付いてこられないであろう」(公刊戦史p290)

この源田参謀の回想です。
当時、米空母機の航続距離は、どのように認識されていたのか、
まず、ジェーン年鑑にどう書かれていたのかを知りたいという
ところからでした。