>>686の続き

「索敵計画を立案した吉岡参謀は、索敵機そのものの機数を
7機に減らした。その理由について、彼はこう釈明する。

”攻撃機を索敵機にまわすのはもったいない、という発想があった。
そのせいで水上機を数多く使うことになった”

この判断の根底には、敵空母はミッドウエー沖には出現しない
という思いこみがあった。希望的観測といって良い。
南雲司令部は意に介さない。勝ち戦の驕りである」
    (『ミッドウエー海戦』第一部知略と驕慢(森史朗/著)p320