そもそもブロック開発方式だから、計画線表を引き難いというのはあるな。
実戦配備のブロックをもって一応の完成とし、その後の性能向上改修は別計画として事業を引き継ぐのか、
あるいは計画策定時に想定した最終形態のブロックまで一つの事業として扱うのかでは話が変わってくる。

しかし令和4年までは構想設計とし、参画企業や分担範囲を並行して決めていくというスタイルは割と珍しいというか、
ある意味見切り発車による計画の前倒し的な印象を受ける。