戦争中も5000機に及ぶ93中練を生産可能だったのは、鋼管溶接、羽布貼り、木製ペラ、生産性信頼性の抜群な天風発動機のおかげなわけですが
96艦攻の再生産で商船改造空母に搭載したり、シンガポールー佐世保航路の要地から発進して
対潜哨戒機として使う案はなかったのでしょうか。
東海をわざわざ開発して戦争末期にしか使えなかったわけで、96艦攻の再生産の方が手軽だし
生産資材もジュラルミンを使わない、溶接工と指物師がいればOKという戦時にうってつけでは?