タイトルが分かっている論文を探し回って漸くゲットするってのはしばしばある話ではあるけれど

片方の人が査読付きの論文が確実にあるって主張してる状況の中で、その存在すら上がってこないってのはかなり希な状況

紀要論文より査読付き論文の方が信頼性が高くなるのは、それが一定の知識を持つ人の批判に耐えられたとの証明だからなんだよね
つまり論を立てて、その論があらゆる方向から批判されても、なお成立する論が確かなものとされる
だから論を立てて立て逃げするとか、あるいは明快な回答をせずに「違う」「分かってない」とだけしか返答出来ないのは、中学生の作文と何ら変わるところがない

可能性としては、発表した論文ではなく私家版として印刷して全国に10部くらいしか流通していないパターン
自分史とかを残したい人向けに自費出版ビジネスもあるし、そう言う形で書籍にしたのかも知れないね